春、花見のいい季節。
夏、蛍見のいい季節。
秋、月見のいい季節。
そして冬、雪見のいい季節。
どんなだ? と自分に突っ込みを入れてからいつもの服に着替える。
季節は秋から冬にかけてのお引越し期間。とりあえずはいつものように早めの雪が外で舞っている頃だろうか。
眠い眼を擦って布団から身体を出すと、ひんやりとした空気が部屋に充満していた。
割と寒いかな…。
うーん、でもいっか。きっと暖かいだろうし。
根拠もない勘を自分の中で納得させてははっ、と乾いた笑いを漏らす。
何が面白いんだろうか……。そんなわけのわからんことを思いつつ体が服を探し出した。
ボーっとする頭を何とか活動させて、タンスを漁る。起きた直後、枕元に服を探す癖が何処となく習慣ずいているが、そりゃ十何年もやっていれば身体も身につくというものだ。今日はたまたま忘れただけだ。
いつもどおりの服とさらしを取り出して、身につける。途中何か精神的にくるものがあった気がするが、軽くスルーしておこう。
とりあえず庭を掃除するのに必要なお湯と煎餅と…あーそういえば咲夜がくれた葉があったわね。
うん、それだと決めて、ぺたぺたと冬の季節にもかかわらず廊下を素足で歩く。少し冷たい気がするが、それも今の時期は風情だなと思ったり。
ふらふらと歩いて途中の柱に頭をぶつける。ゴンッという音と共に、睡魔が再び頭を襲う。
いけない、本格的に冬なのかもしれない。お腹に気合を入れてどうにか棚のあるところまでこぎつけることに成功した。
食器棚をみてみると色々な葉が整頓されずに並んでいる。やっぱりこれも適当に取って適当に葉を急須に入れる。
眠い……。そう思いつつも準備は着々と進んでいった。
準備が整ったところで器に載せ、さぁ行こう……眠いが庭掃除。
カラっと力なく戸を開けてみればそこは白銀の世界。
見るからに枯葉とかはなく雪掻きをしましょうとしかいいようがない世界が…
「……あれっ、ない?」
あるのはいつものようにでこぼこの石畳と社。木々はこの時期となればもう枯葉もほとんどないのはいいとして。
落ち着け、落ち着け霊夢。今朝はなにをした? 準備体操ストレッチに朝ごはんはお新香がおいしくてご飯二杯? いやいやそんなことしてないぞ私、普通に起きて寝ぼけながらもお茶入れて煎餅とってきただけだ。
今日の日付は? 確か夏は終わったよね? 秋にはみんなで芋を焼いて食べたような記憶もあるようなないような?
いつもと同じようにいきまっしょいとお腹に力を入れて今に至っているんだから…、とそこまで至って一つの考えに至る。
…………なんだ夢か。
そりゃそうよね。いくら雪の降る時期が早いからって昨日の夜は降っていたんだし。
それが一日目で積もらずに、何より形跡が見当たらないなんてあり得ないし。
……まだ眠いし。
そうと判れば話は早い。戻ってもう一寝入りしよう。
と振り向き様に段差がある箇所に、ガンッとナニカが当たってしまった。はて……。
「〜〜〜〜〜〜っっっっ!」
次の瞬間、覚醒と同時に足先から声にならない悲鳴が全身に駆け回った。
しかもさらに手に持った器のせいで下手に動けない二重苦が待っていようとは。
衝動的な痛さで脚を振り回して痛みを外に追い出すしぐさを仕様とするが、生憎と狭い場所でやれば二次災害が起こる気がする。グッと堪えてなんとか耐え忍ぶ。
足を上げたい。上げて手で摩って上げたい。気持ちが我慢と理性と本能の間で交錯する。
でもできない。
なぜ?
手に持った器が落ちるから。
我慢、今は我慢なのよ霊夢。
やだ、触りたい。とにかくこの痛みは私の脳で抑えられるものじゃないの。
ジンジンと響く痛みに頭の中でてんやわんやの会議が繰り広げられているが、知ったことではない。
急須などを載せた器が落ちないように意味もなく凝視しながら、しゃがみこむ。
カタカタと震えが器に伝わり、いつ零れてもおかしくないような状況が続く最中、思考が急激にクリアになっていく。幾多の戦場を駆けた私のスピリットが、この危機的状況に覚醒しだしたのか、周りの時間が全て、スローに変わっていく。
ゆっくり。とにかくゆっくり。
私は博霊霊夢、神社の巫女、精神統一、心頭滅却すればうんたらかんたらであーもぅ!
自虐的な想像をしながらも若干の余裕を持ち、徐々に器の高度は下がっていく。
なんだか考えると余計だめになるからいやだわ…。
ため息もつきたくなる、だがため息はつけない。フラストレーションは溜まるばかりだ。
とにかくゆっくりおけば、そう集中して思えばこの作業も長いようには感じない。
床下まで一メートルもない。このまま行けば…いければ……。
……よし、おける!
「いよー霊夢、今日も冬なのに寒そうな格好してるな!」
努力の甲斐も空しく、全ては空を舞った。
「…………でっ?」
畳を雑巾で拭きながら若干とげのある声で言ってやった。
そりゃそうだ。
畳をお茶で汚してしまって、本来する気もない掃除をする羽目になった私の身にもなってほしい。
それなのにこいつと来たら…。
「ん、なんのことだ?」
ほら誤魔化した。
ニヤニヤと笑って用意した煎餅をなんの断りもなく食べるこいつは霧雨魔理沙。
魔法使いだ。
「もぅ、あなたのせいで畳が濡れたり足が痛かったり夢じゃなかったりで大変じゃないのよ!」
はるか昔、ってほどでもないけれど、割と前から知り合って今に至るような変な魔法使い。
特徴はつかみ所のない性格と若干男っぽい口調。
帽子をくるくる指で回してそりゃっと箒の柄にかける。なかなかにうまい。
いつもは部屋で新しい技の研究とかいって篭っているが、花見と事件はとにかく嗅ぎ付ける。
永夜事件のときもそうだったが、お月見と同時に起こった事件も少しこいつが絡んでいる。
それも今となってはどうでもいいことではあるが。
……いやいや、そんなことを考えてどうする。
とりあえずはお茶も無しに煎餅を食べないで欲しい。
「そんなことよりどうしたのよ。花も咲いていない時期にうちに来たって宴会はできないわよ」
「もちろんそんなことで来たわけじゃないぜ。いや花見はしたいけどな」
それはそれとジェスチャーを交えながら煎餅を取ろうとしてくる。
とりあえずこれ以上食べられると私の分がないので手を叩いておいた。
「冬になったから寒さに打ちひしがれつつ芋を食べに来たんだけどな」
「どっちも変わらないじゃない!」
「まぁ落ち着けよ霊夢、らしくないぜ」
「誰のおかげでこういう突っ込みをしてるのかしらね……」
なんだか珍しく魔理沙の歯切れが悪い。
いつもなら性格上直接的な聞き方するのに、今日のは遠まわしだ。
はて……。
「珍しいわね、魔理沙が用件を濁すような言い回しをするなんて」
「いや、私だって言いづらいことの一つや二つあるさ。けどまぁ…」
あぁ、と私は感づいた。
多分魔理沙でも今回の事件には確証がもてないんだ。
明確な形こそ今まではあったが、今回の事件は曖昧なところがある。
外の風景はそのまま冬が浸透している。枯れ木が多くなりこの幻想卿では今の時期、雪が積もるのが例年のことだった。
しかし、今年はもう師走だというのに雪が心なしか少ない。
簡単な異常気象というのであれば別にいい。きっと雲ものんびりしているのだろう。
けれど……外気が暖かいというのは判らない。
しかもそれが自分たちだけ取り残されたように暖かく、外の植物や土だけが冬を感じているようで。
それが妙に引っかかるのだ。
いつもの勘が私に告げている。
事件なんだと。
だから、いつものように準備をして、この原因を作り出した物を懲らしめないといけない。
「別に、いつもどおりに言ってくれていいのよ」
だから彼女は確証が持てなかったのだろう。
少し同情を含めた言い回しをして、私は魔理沙に向き直った。
「魔理沙にも難しいことがあるんでしょ。私でわかることなら力を貸すけど」
「霊夢……」
うるるとした目をして魔理沙がこっちを見てくる。
ぅ、なんかその目で見られると辛いわね…。
しかもちゃっかり手を握られちゃってるし。まったく……。
笑顔で、霊夢……。
慈愛に満ちた表情で、なぁに魔理沙……。
「お茶を一杯もらえないか?」
湯呑みを頭にぶつけてやった。
「………………………でっ?」
本日二度目の詰問だと思う。
散らばった湯呑みの破片を箒で掃くこと三分、やっと落ち着いつくことができた。
新しく出した湯呑みでお茶を飲みながら、今回の一件についてようやく魔理沙は口を開いた。
「っててて……なにも湯呑みを投げなくても」
「あんたね、人が真剣に聞いてあげてるのにお茶を注文する馬鹿がどこにいるってのよ」
「ここに」
「さてっと…、夢想封印のスペカどこにあったかなぁ…」
「嘘っ! 冗談だよ冗談だってば! だからその笑顔はやめてくれ」
ふんっ、まったく。
それならそうときちんと話を進めて欲しい。
「いやなに、最近冬って感じがしないから霊夢はもう出かけたかなと思ってな。そうしたらまだ神社にいたからびっくりしたのさ」
「そう。けど冬な空気がしないからって事件に結びつけるのは早計すぎない?」
「そうなんだよなぁ…だから神社の巫女もなんか感じてないかと見に来たんだぜ」
「ふ〜ん……」
大体私の考えていたことと同じか。
ま、それならそれで私が魔理沙に与える情報もないし。
「残念ね、私も今朝気がついたばかりよ」
「そっか。まぁそれならそれでいいや」
何がだ。
「とりあえずお茶もらうぜ」
「どーぞ。とりわけ咲夜から頂いた葉だけど」
「メイドからか。なんか血でも入っていそうだな」
ははは、と陽気に魔理沙は空を仰ぎながらお茶を啜る。
「うん、人間の血とヒルと、あとは妖怪の生き血だったかな」
あ、吐いた。
口から出る水しぶきで、目の前に虹ができそうになる。
あっ、あ……あ〜〜〜っ…………残念できなかった。
「ゲホッゲホ! お前冗談でもそれは心臓に悪いぜ」
「あぁ、ごめんなさいね。てっきり弾幕のほうが心臓に悪いと思って」
それより、といって先を促す。
「どうしてまた今回に限ってうちにくるの。いつもなら一人で原因を突き止めにいくのに」
「んーそれなんだがなぁ、今回妖気を感じるわけでもなく単に変なだけだろ? 原因がわからないしなにより、妖怪の仕業じゃないとなると人間の仕業かなと思ったんだが…」
……なるほど、それで私のところか。
「今の様子を見ている限りじゃここもはずれっぽいしな」
「残念ね。私は特に何をやるというわけじゃないわ。ただのんびりできればいいだけ」
そう、のんびりできればいいのよ。
戸を開けて、軒下に腰を落ち着けて空を見上げる。
小風がミギへヒダリへ。
冬とは思えない暖かさのある風が私たちの頬を撫でていく。
暖かい。
そう、これこそゆとりある空間。
二人して和んだ表情を浮かべ、ふわふわした気持ちを堪能する。
お茶を啜って上を見上げればほら、あんなに眩しいお空が……。
「…………メイド秘技、千年殺し!」
背中に僅かな鈍痛。
飛び出す私たちの呼吸。
噴出したお茶でお空がキラキラ……キラキラ……。
「…………………………………………………でっっ?」
本日……多分三度目だろう詰問を。
いやもういいや、なんかこういうのも無駄な気がしてきた。
とりあえずふざけたことをしてくれたメイドを締め上げてから強制的に正座させておく。
何で私までと魔理沙がぼやいているがこの際なので無視。
「人が、のんびり、お茶を、啜っているときに、このメイドは、何をしてくれますか?」
「なにって、私はただ幸せの一時に水をさしてあげただけですわ」
「へぇ……お陰で背中にとてつもなくあっかーい紅葉ができちゃったけど」
「虹がキレイでしたわ。吐く姿は酷かったけれど」
半目で睨みつけてやっても平然とした顔をするこいつは十六夜咲夜。
メイドだ。
なぜメイドが? と思われても知らない。メイドだからメイドなのだ。
紅くて小さくてすばしっこいやつの所にいるメイド長で、ナイフの使い手。
幾千ものナイフを投げつける人間で、この幻想卿で生き続けている数少ない人間。
ちょっと前の一軒でよく私も魔理沙も出入りするようになった館には、彼女の主と従者が多く存在する。
もっとも彼女が仕えているのは悪魔に属するもので、周りの妖怪からは奇異の目で見られることもしばしばある。
そんな咲夜もどうやらここ最近では他を気にすることもなくなったようで、以前以上に落ち着きが見られるようになった気がする。
……まぁさっきの悪戯は別として。
いや、逆に接しやすくなったと思えば人間に対して壁がなくなってきたと考えたほうがいいか。
うん、それでいいや。
「はぁ、まぁいいわ。それでどうしたの?」
「えぇ、実はちょっと……」
少し困っているんですが、という表情を浮かべて咲夜は考え込んでいる。
まぁ、多分咲夜のことだから今回の事件について、人間が起こしたものだと思っているんだろうけど。
「お醤油を切らしちゃったから借りに――――」
「二度ネタかっ!」
言い切る直前に打者から完全に虚を突いた私のアンダースローが火を噴いた。
球は湯呑み。神速のように回るそれがコンマ何秒の世界で自転し、残像をもって咲夜に迫っていく。
狙いは外角高め。
咲夜の左眉間に正確無比の高速球が飛来する。
いけるっ!
なにがいけるのかはこの際どうでもいいが、それは完全に咲夜の眉間を捉えていた。
線の軌道は咲夜から見れば完全に点の軌道、下から上に突き上げた弾は素人では打ち返せる軌道ではない。
故に私は勝利を確信した。この間合いなら間違いなく殺れる! と。
だが―――。
「―――グレイズ(かすり)一回、まぁまぁな早さ」
放たれた声はひどく冷静だ。
捕らえきった弾道は確かに咲夜の眉間に当たった。
が、それは既に咲夜の手の内で踊らされていたということ。
眉間に当たったと同時に彼女は腰を柔軟に曲げ、弾道から身をはずし掠るだけに留める。
まさに弾幕少女ならではの動きで見切ったのだ。
―――しまった。
破砕を予想していた私は次に起こる事象に焦りを感じた。
弾の終着点が延長され、その先にあるのは障子を張り替えたばかりの戸。
気付いたときには遅い。弾速と同じ速度で私は駆け出すが距離がある。
戸を守るには戸自体をずらすか、距離を一気に縮めるかのどちらか。
チラッとのけぞり状態でフリーズしている咲夜を見る。どうやら彼女も選択を理解しているらしい。
煎餅一袋でどう。
ダメ、それならお茶の葉一杯分にも満たないわ。
むぅ、それならこの前取れたマツタケなんてどう。
館じゃ私以外マツタケはあまり好まないのよねぇ。
アイコンタクトで条件を引き出しあう。しかし時間とは無情、既に球は切羽詰っているところまで来ている。
う〜……。
ほらほら、早くしないと大事な戸が壊れるわよ?
……これだけは出したくなかったんだけどね。
スッと懐から一枚の写真を取り出し、それを遠目から咲夜に見せる。
レミリアの水着試着シーン、限定一枚限りの激レア、どうよ?
任せてください姉さんっ!
誰が姉さんだと思いつつも交渉は成立。あとはその瞬間を待てばいい。
咲夜がエプロンポケットから時計を取り出す。
銀色の鎖をつけたそれが左右へと揺れ、ボンボン時計を連想させた。
「……………幻世」
突如部屋が紅く染まる。それはスペルカードの発動する前触れのようなものだ。
これで戸はどうにかなるなと思い、私が足を止めようとした次の瞬間―――。
――――カラリ。
「えっ?」
「あっ?」
「おっ?」
三人同時に妙な声を上げてしまった。
戸が横に開いたのはいい。どの道湯呑みは外に放り出されるのだから。
咲夜のスペカが発動しないのも今となってはどうでもいい。
が―――、問題なのは戸が開いた先に立っている人がいるということ。
「失礼、博霊霊夢はど――――」
……その先からは言葉にならない。
完璧なライザーの曲線軌道を描いた球があごを直撃。
死角からの軌道で見えなかったそいつは背後にノックバック。
ビクンと体を震わせた後、足が浮き、あごを中心に円周軌道にテイクオフ。
徐々に回転数が上がっていきあとはスパイラル。正直見てられない。
やばい…、楽しいけどとにかくやばい。
というか半幽霊のあれが細かく震えてる。それが新鮮で楽しすぎる…。
これ暫くほうっておいたらそのままなのかなぁ。
不謹慎すぎる考えを別にそれでもいいかと受け流し、今まさに奇怪な現象のそれを眺めながら改めて考える。
どうしようこれ。
「とりあえず……、お茶でも飲む?」
「いいですわね。頂きましょうか」
「おぅ、冬だしな」
三人とも無責任だということを実感した瞬間だった。
「まったく、どうしていつもあなたたちはそうなんですかっ」
腰に手を当てながら説教を続ける童顔の少女は魂魄妖夢。
………ひどく説明しづらいので省略したいが、少女の目線がかなり怖いのでやっておこう。
少女は半分人間、半分幽霊という稀な存在。
白玉楼に住んでいる西行寺幽々子という幽霊に仕えている庭師だ。
妖夢の話によると自分は主の護衛役と剣の指南役を勤めていたりするといわれているが、実際はあれやこれやと実によく働く家政婦状態。
庭師というのもその一つで、剣技で庭に咲いている木を一度に斬ることができるから幽々子が命じたのだろう。
少女は以前の妖怪桜事件に絡んでいるが、これは説明がめんどくさいので割愛しよう。
普段は軽装、襟付きのシャツにワンピースという似合ってるんだか似合ってないんだか微妙な服装だが、本人はいたって真面目なので私たちも何も言わない。
現在は自身の剣の技術も未熟だそうで、日々鍛錬を欠かしていない。
腰と肩にある刀は白楼剣と楼観剣。普段は一刀で戦うがスペカを使うと二刀流になる。
楼観剣は魂専用の剣ではあるが、実際は人間も切れる業物。中々に侮れない。
白楼剣は迷いを断ち切る剣。どちらかというと自身に向かって使うものだ。
刀を振るうものは常に、なぜ刀を振るうのかを考える必要がある。
人を殺めるためなのか、それとも更生させるためなのか。常にそれは自身に問いかけ、答えを見つけなければならない。
自分に負けるようであれば敵を討つことなどできない。つまり刀使いというのは自分との戦いだ。ということを妖夢は以前語っていた。
あ、あと「みょん」っていうのが口癖。
「暇を見つければ神社に行き花見だ宴だと連日連夜のどんちゃん騒ぎ、毎度毎度支度をする人の身にもなってください!」
「妖夢……、あなたがそこまで私のことを考えてくれているなんて」
「いつもいつも……、幽々子様が私に持たせる荷物が日に日に増して行き、酒だツマミだ食べ物だと何でもかんでも私に預けて自分は先に行かれて…そのうえ早く来いと言われればどこかで荷物を落としてしまうし………うぅっ」
「……………」
「不憫ですわね妖夢、大丈夫よ。同類がそこにいるから」
「そうだな、いつも宴会の準備をしてくれる奴がいるから助かるぜ」
あんたらな。
「それよりも先ほどの弾幕はなんだったのですか。あごが外れるかと思ったじゃないですか!」
「ぁ、いやその……ねぇ魔理沙?」
とりあえず糾弾を避けるためにパスを選択する。
私に振るなよという目線を送ってくるが構わない、旅は道連れだ。
「なに、霊夢が新球を開発したんだっていうもんだから咲夜が人柱になってくれてな」
魔理沙も言うだけ言ってそこにいるメイドにパスを送る。
「……えぇそうよ。お陰様で来年のざまぁすには勝てそうね」
「ざまぁす? はて………」
後は任せたと期待の目でこちらを睨んでくる二人。
ていうか含み笑いを隠せ。
「えーっと…、ほらあれよ。毎年あのふんどし馬鹿のところで行われる行事があってね。その内容ってのが人間界でいう「やきゅう」という運動なの」
「みょん」
「それで今回魔理沙と咲夜が助っ人として呼ばれていたんだけど、なにぶん判らないことだらけじゃない? そこで相談しに来たらしいんだけど」
「開発していた弾幕に運悪く被弾してしまったと…。なるほどそういう事情が……」
「ね、悪気があったわけじゃないのよ。ただどーしてもっ、敵の「ざまぁすのよ?」とかいうムカついた言い方に本気で弾幕ごっこを教えてやろうかなって思っていただけの延長上で……」
「分裂魔球とか、ホームランバントとかな。あれでも確か妖夢もふんどしをつ――――」
余計なことを言いかけた魔理沙を咲夜が渾身の裏拳で顔を穿つ。
あふんとかいう謎の言葉を残して魔理沙、ここに轟沈。
「――――それより妖夢、何か用があってここに来たんじゃないの?」
「あぁ、そうでした。危うく忘れるところだった」
「なに、あなたも冬が来ないからって私のところに来たの?」
「いや、冬は来ているんですが、例年より暖かいという理由だけで駄々をこねられまして…」
「……まぁ、深くは聞かないでおきますわ。私もそれをついでで探りに来ていたんですけれど、霊夢のところははずれみたいですわよ?」
「ついででいいの?」
「いいの」
「いいんですか…」
「いいんです!」
復帰した魔理沙に全員が気付くが、一同あえて無視する。
若干魔理沙は凹んだように見えたが、きっと大丈夫だろうと一同更に無視を慣行。
けれど話を総合するからに、事件というような事件は少なくとも私たちの中では起こっていないようだ。
ないともいえる僅かなな妖気の漏れ、冬の異変、私たちだけにしか感じない違和感。
今のところ共通しているのが私たちが世界から取り残されているような感じ。
なんだろう、まるで時間においていかれたこの雰囲気は。
なんだろう、この中途半端な瘴気は。
ナンダロウ…………?
戸を開けて空を見上げる。
暗雲とした雲が、ミギからヒダリへと流れていった。
§§§
普段と変わらない毎日を私は過ごしていた。
朝起きて、ご飯を食べて学校に行き、退屈な授業、退屈な友達とのやり取り、時間が過ぎて学校が終われば夕飯を作ってなんとも思わないテレビを眺めなてお風呂に入り、そして就寝。その繰り返し。
東京郊外に住んでいる私にとって、日常はただ退屈なだけでしかなかった。
両親は海外に出張、兄弟も姉妹もおらず、昔ならではの言い方をすれば鍵っ子といえば聞こえはいいかもしれない。
幼稚園の頃からだろうか。まだ幾ばくもない私をおいていけないという理由で、両親が部屋の隣で遅くまで話し合っていたのは。
あのころの私は親と離れるというのがとても怖くて、幼稚園に行くにもいやだ、ずっと一緒にいると泣いていた気がする。
その様子を見て母親は私をなだめすかし、父親は叱りつけた。
しばらくは二人とも子供のわがままに付き合う形となったが、どうしてもという日は幼稚園の園長さんのところに預けられることとなった。
思えばあの日から、両親はどこかで見切りを計算していたのだろう。幼稚園を卒園し、小学校に入ってからは私の近くから二人はどこかに行ってしまい、私は祖母の家に預けられた。七歳の誕生日前日のことだった。
祖母はそんな私をどう思ってか、不自由ないよう一生懸命に可愛がってくれた。結構な歳だというのに遊園地などに行ったり、プールに付き合ってもらったりと逆にこっちが迷惑だったんじゃないかと思えるほどだった。
せめてもの恩返しというわけじゃないが、祖母の実家が農家なので秋口には手伝いをしていた。楽しいというわけじゃないが、学校で農家の手伝いをする人がいないということもあって、自慢できる一つでもある。
東京なのに農家を手伝うのは人生の半分を損している気分でもないが、別に東京に何の魅力も感じていなかったし、むしろ手伝うことで退屈を忘れられるのであれば、なんでもよかった。その無邪気さが災いしたのか、時たま警察のお世話になることもあったりした。
別段悪いことをしたわけじゃない、単に無理を言って誰かのお手伝いをしようとしたら、逆に迷惑がられて口論となり、それが元で警察がきた。それだけ。
それなのに祖母は家に警察が来たことにひどく狼狽し、経緯も聞かぬままただ平謝りしていた。
そうして初めて大人から学んだことは、人様に迷惑をかけてはいけないということと、大人はなんでも理由を聞かずに全てを水に流そうとするということだった。
中学一年のとき、友人の宇佐見蓮子からこんな話を持ち出された。
「ねぇ未来、あなた知らない世界って見たことある?」
未来というのは私の名だ。
「なに? 唐突なのがあなたの売りだけど、今日のはまた一段と唐突ね」
「まぁまぁ、唐突だからこそ人は驚くし、事実を知ったときにも人は驚くわ。そういった意味では唐突も唐突でないにしてもあまり変わらないでしょ?」
「そりゃまぁそうだけど。で、知らない世界がどうかしたの?」
「だから見たことがあるかって聞いているのよ。普通に暮らしていたらまったく見つけることのできない、名もない世界」
「……蓮子、あなたにしては珍しい言い回しだけど、世界は唯一つなのよ。そこに今を見つけようとしているならそんなものは存在しない。同じ時間、同じ空間に二つの世界は存在できないからよ」
あるとすればそれは平行世界、別次元のところでそれは存在するかもしれないという可能性。故に私たちでは見ることができない。
「あぁ、期待通りの答えを示してくれたわ。だから未来って好きよ」
「ご冗談をいいなさんな。遠まわしに語ってくれるのはそれが言いたいからなの?」
っと、そうだったと気を取り直して蓮子は私に尋ねてくる。
「それじゃ言い方を変えるけど、未来は鬼門というのを知っているかな」
「風水学上北東に位置する場所を鬼門、その正反対を裏鬼門と呼ばれ、元は神の通り道とされている。現代科学で言えば、鬼門の由来は北東の方角に位置するところから盗難や殺戮、疫病などが広まったためにそう呼ばれるようになった。簡単に言えばこんなところかしら?」
「素晴らしいわ…そんなに知識が豊富なのにテストじゃ上位に来ないって、まさか手を抜いていたりする?」
「そんなわけないでしょ、単に頭が悪いのよ」
自分で言ってなんだが私は両手で数えられるほど下で、蓮子は上位グループだ。
彼女は私のことを賢いと褒めるが、正直テストで点を取れる人のほうが賢いと常々思っている。
「はいはい。世間じゃテストの成績で人の良し悪しを決めるけど、そんなことをしたところで人のいいところなんて見えないものよ。肝心なのは人柄と、笑顔よ笑顔。はい笑ってぇ」
無理やり頬を引っ張られて横に伸びる。というか痛い。
「ひはいぉ〜…」
「うん、その陽気があれば将来は安泰だ」
「ぐぅ、もー。用件をさっさと言ったら? 休み時間もそろそろないし」
「ははっ、そうね。そろそろ言わないと時間もないし興味もなくなるだろうし」
空いている席に腰を落ち着けて蓮子は、話をしだす体勢を整えた。
「実は昨日の夜ね、メリーをつれて○○県の山まで行ったんだけど…」
メリーというのは同級生のマエリベリー・ハーンさんのことだ。蓮子はいいづらいからいつもメリーさんと呼んでいる。よく周りから「羊さん」といわれているが、いたって本人は気にしていないようだ。
「実はそこで鬼門らしきものを発見してね」
「はぁ?」
……参った。今回の話は相当突拍子のないものらしい。
「嘘なら嘘と思ってくれていいわ。正直私も夢じゃないかと疑ったもの」
「……話だけなら聞いておくけど、それで?」
「私とメリーは最初、一体そこがどこなのかまったくわからなくてね。木々やら動物の鳴き声に怯えながら一軒の家を見つけてそこに行ったの。周りは暗いじゃない? だから正直見ず知らずの人の家を訪ねるなんてことしたくなかったんだけど、道はわからないわ食料の保存はないわでどうしてもね」
「あーもー、いつもどおり前置きが長いわね」
「それでドアを叩いたら一人の男性がでてきてさ。一通り事情を話した上で家に入れてもらえませんかって尋ねて、それでなんとか入れてもらって――――」
「……ちょっとまて、あんた知らない人にいくら二人だからって入れてもらったの?」
しかも男の家に。
「ん? そうだけど」
……こいつは少し女として意識が足りてないのかもしれない。
「はぁ…まぁいいわ。続けてっ」
「家の中は雑多としててね。変な道具があったり人間のものかもよくわからないものがあったりで薄気味悪かったけど、朝まで無事に過ごせることをその人は言っていたわ。ついでに自分たちが今いる場所がどういったところなのかを眠れない私たちに話してくれたの」
声のトーンを低くして蓮子は語る。
「なんでも自分たちがいるところはあちらとこちらを挟んだ場所、鬼門のようなものだってその人は言ったわ。神童が道を通り、また神として見られるものが人の世に渡り歩く場所、自分はその人たちに対して商売をしているものだとも」
「へぇ……、随分とまた仰々しいこと言ってくれるじゃない」
「そうよねぇ、でももっとおかしいことがあるのよ。夜になって寝る時間を当に過ぎているというのにその人は部屋の奥に隠れていなさいというの。なぜだか判る? 夜遅くになるとね、そこでは妖怪が食事の匂いを嗅ぎ付けて家を覗きに来るんだって」
妙にシュールな顔つきに一瞬だけホントかと思ったが、それでも私の中ではそんなことは在り得ないといっている。
それもそうだ、そんなことがあったら政府はおろか世界全てにケンカを売っているようなものだし、実際私もその山に行ったことはあるが何もなかったように思えた。
「あ、信じてないわね?」
「当たり前でしょ。大体なんでそんな森があるなら今まで発見されずにいられるのよ」
当然の疑問を私は口にした。
「神童がこの世界に入ってきたとして、なぜ私たちは気付かないのさ。妖怪たちがこちら側の世界に混じったのが判ったらそれこそ世界中が大騒ぎになるんじゃないの?」
「もちろんよ。だからこそ妖怪はこちらの世界に入ってこれないんじゃない」
「はっ?」
「いいかぃ未来。私は神童が常にこちらとあちらを行き来しているとは言ったが、妖怪ができるとはいっていない。なぜなら低級の妖怪なら通ろうとするだけで消滅しちゃうからさ。妖怪にもランクがあってね、強ければ人間界に行くこともできるし、強くなければ一生その世界から逃れることはできない。結界みたいなのが張ってあるんだよ」
クククッと笑いをかみ殺して蓮子は顔を伏せる。その笑いが妙に薄気味悪くて少し怖くなった。
「無論周りに気付かれないのも結界のせいさ。結界はどうやら妖気と呼ばれるものに反応し、他には反応しない。つまり人間は行き来できるということなんだよ」
「夢物語ね。その話が本当なら」
「おっ、信じる気になったかい?」
馬鹿なことを、といって私は切り伏せる。
「もし仮にあったとしてもよ。妖怪という得体の知れない存在がいて、何の準備もなくそこに入ったとしたら間違いなく自殺志願者でしょうね。あなたとメリーさんは十分それに当たるわ。それに蓮子、あなた人間が行き来できるといったけれど、それならなぜ今の今まで発見されなかったの?」
なるほど…神妙に彼女は頷いてから改めてこういいなおした。
「つまりこういうことか、結界は妖怪も人間も通れる代物ではない。方法としては私たちがたまたま通ることのできる道を発見できた場所でだけで、それ以外に広がっている結界を通るには内側からでないと無理。しかも内側から通ることができる妖怪は人間達にばれないような変装をしている。面白いがいまいち内容に欠けるものだな」
「よくそんなんで夜の山に行く気になったものだわ。あなたも、メリーさんも」
「あぁ、彼女は私が巻き込んだんだ。いつもあの子は学校で退屈そうだからね、たまにはと思ってのお誘いなんだが、メリーはどうやら静かに寝ているのが趣味らしい」
「遠まわしに話を続けて落ちはそれね」
「とんでもない。知らなかったからこそ私はあそこに大きな興味を抱いてね、もう少し大人になったら行ってみようと思っているくらいだ」
キーンコーンカーンコーン。
休み時間終了のチャイムが教室に響いた。
彼女と話すと大抵は時間通りに終わるため、よく体内時計がはっきりしてるわねと冗談めかしに言ってやったことがある。
「太陽はわかりづらいんだけどね、星と月が見えれば大体わかるわ」
という嘘なのかホントなのか区別のつかない言葉で事実をうやむやにされる。まぁいいんだけど。
「そうね、もし試しにそこに行くことがあれば、気をつけなさい」
自分の席に戻ろうとする蓮子は私に向かって、一言ポツリと呟いた。
「夜にせよ昼にせよ、妖怪は常にあなたを見ているんだから」
それから五年ほどたち、普通の高校へといった私は例外に漏れることなく受験戦争の荒波を受けることになった。
別段大学に行きたいと思っていたわけでもない。ただ、出ていたほうがいいという祖母からのアドバイスがあったからこそ仕方なくやろうとしていただけだし、ただ、もともとやる気のない私には馬の耳に念仏だった。
当然そんな気持ちで大学が受かるはずもなく、第一希望、第二希望の大学にも私はどうやら嫌われたようだ。
親もそんな私に構うほど暇ではないらしい。
やりたいことをしなさい。実家で弛んでいた私の元に届いた手紙は、つまらない一文だった。
やりたいことなんてない。ただ――――、ただなんだろう?
くだらない疑問を朝から晩まで考えるのが、つまらない日の過ごし方だった。
だらだらとした私を見かねた祖母は就職活動を進めたが、それでも今の世間に惹かれるものはなかった。
たるんだ気持ちで色々と面接しにいったが、やはり気持ちが表面に出るのか担当の顔色はそれほどよくなく、それもまたいつものように当然落とされた。そしていつか、それでもいいやという気持ちが心の中を侵食していった。
そんなある日、祖母が倒れた。
急性の脳腫瘍といわれ、意識不明と医者はいった。初めは何のことかと思ったが、それは次第に私の気持ちに浸透していき、事の重大さに気がついたのは翌朝のことだった。
すぐに両親を連れ戻そうと私は連絡をつけようとしたが、世界中を飛び回っている二人の行方なんて早々わかるはずもなく、海外に知り合いの人と幾度か電話でコンタクトを図ったが、徒労に終わってしまった。
それでも諦めきれない私はとにかくあらゆるコネを使いまくった。
医者を頼り友人を頼り探偵を雇い、両親の銀行口座などを徹底的に調べたりもした。
親の顔なんてもう忘れかけた私が、初めて二人に帰って来てと必死で願った瞬間は、奇しくも病気の祖母に立ち合わせるためなのだからおかしい。
おかしい? 一体なにが。
親に会いたいという気持ちになった初めての瞬間が、祖母の容態が原因というのが、それほどまでにおかしいことだろうか。
そんなことはない。これでも立派な理由だ。
だから、私が親を行き戻そうとする理由なんてそれしかない。そう、それしかないんだから。
私にとっての親は、祖母しかいないのだから。
……。
………………そうして。
梅雨が終わり夏を迎え、紅葉は枯れ行き冬が芽を見せ始めた頃。
私の初めての努力は、静かに、報われることなく終わった。
通夜の日にも、二人が来ることはなかった。
両親の身に何かあったのかとも思ったが、定期的に口座にお金が振り込まれているためそれは考えにくい。本当に連絡が取れなかった。
自分の力不足が今のような現実を導き出してしまったのだと、自虐的にまで自分を追い詰めていった。
想像はしていた。祖母も十分な高齢だし、いつなにが起こってもわからないと。だがそれ以上に自分が祖母を助けたいという気持ちにならなかった、思わなかったというべきか。
まるで祖母には何の恩も感じていないというほどに、悲しみに包まれた通夜で私は一人取り残されていた。
何も感じず、何も思わない。ただ人が死んだだけ。
そして私の親代わりだった人がいなくなり、私も独りになった。
どうしよう。
どうすればいい?
馬鹿みたいな疑問がぐるぐると頭を回り、螺旋のように答えはなかなか出てこない。
「………ないな」
ポツリと、誰にも聞こえない声で私は呟いていた。
「ほんと…、ついてないなぁ」
ほんとついていない。
祖母がいなくなって私はどうすればいいというんだろう。
記憶の片隅にしかない両親は見つからず、手元に残ったのはお金だけ。
生きる意味もわからなければどうすればいいかもわからない。全てがわからないことだらけの自分に今をどう進めばいいかなど判るすべもない。
全てわからないことだらけ。生きてきた十数年間、私は一体なにをしてきたのだろうか。
どうしよう。
どうすれば…?
わからない。
わからない…?
忘れた。
忘れてしまった…?
教えてよ。
教えて欲しい…?
誰でもいいから。
誰でもいいの…?
―――それなら。
それなら…?
私の手をとって。
あなたの手を…?
そう、私の手。
あなたの、手…。
さぁ……。
そうすれば、見つかるのね?
そう、見つかるわ…。
それなら。
それなら…?
行きましょう。
えぇ、お逝きましょう…。
「私たちの場所に―――――」
§§§
「なんにせよ、動き出さないと解決はしないわね」
誰も彼も落ち着いているから一応言うだけ言ってみた。
そうよそうよと目で訴えかける巫女が何か言いたげだが、目線だけにとどまる。
さて、どうしたものかと思っているのだろう。
「そうね、早く動き出さないと私が行ってきちゃうけど?」
行かないなら私が、と牽制を仕掛ける霊夢だが周りの奴らは至って何もしない。
私もだが。
「行ってもいいが霊夢、きっとそれは無駄だぜ」
「あらなぜ? 私の勘を甘く見てもらったらハリセンボンより痛い目みるわよ」
「非常に微妙な喩えですが……」
「なら霊夢、なぜあなたは行かないの?」
さりげなく言葉にして霊夢にぶつけてみる。
「だからみんなが行かないなら先に―――」
「そうじゃなくて、なぜみんなに言ってから自分が行くような真似をするのかを尋ねてるのよ」
肩がほんの少し上下したのを、私たちは見逃さない。
「あ、いやなんていうかその……」
「そうだよな。いつもの霊夢なら誰かに断らず自分から行くタイプだし」
「怪しいですね、もしやこの事件………」
「ちょ、まってよ。私は事件にまだ何の関わりも無いわ」
「まだ、ということはこれから関わるわけですね。しかも若干確定的」
うぅっと声が漏れたということはもう間違いあるまい。
いつもの勘でもう事件がすぐそこだということがわかっているのだろう。
それをこの紅白ときたら……。
「楽しい事を独り占めしようとするのはいただけませんわ」
とどめの一言を残して境内から外に通じる戸を開けた。
確かにあれほど紅魔館では感じなかった霊気と瘴気が、私達のいる神社に向かって強く吹き出している。今まで感じなかったのが不思議なくらいだ。
「そうだぜ、楽しさは共有するもんだ」
魔理沙が箒にかけられた帽子を手に取り、
「別にどうでもいいですが、一人でやるよりは数人で手伝ったほうが仕事も速いので」
妖夢は刀の鯉口を持ち上げる。
結局黙りとおしていた霊夢も、最後にはため息を一つして戸口を見やる。
静かだった。そこはさながらゴーストタウンのように枯葉も少なく、申し訳ない程度に風が吹くばかりの荒野ともいえようか。私たちは静かにその先、社の通りに目を這わせながらその時を待っている。。
からから、からから。
どこかで季節外れの風車が、くるくると独り回っていた。
廻る風車、独り、来ない冬、暖かい空気。
そして私の直感が告げた。これは繰り返し。昔の誰かとナニカの輪廻が繋がっているのだと。
「……ま、とりあえずお茶でもいれてくるわ」
動かないのも疲れたのか、霊夢は立ち上がった。
「そうだな、どうせ待つなら気長にゆっくりと、できるだけ早く待ちたいぜ」
「ではこれを……」
そういって妖夢が取り出したものは……水羊羹?
「幽々子様が常に携帯していろというもので」
「ふ、ふぅ〜ん………」
「あの子もよくわからないわね……」
まぁ、別に水羊羹が嫌いなわけではないが。
「そういうことなら一つ頂こうかしら」
緊迫した雰囲気を解いて水羊羹に手を伸ばす。それに気を許したように妖夢も魔理沙も手を伸ばし、
………からからからからからからからからからからからからからから―――――
突然の瘴気が神社の周りを取り囲んだ。
§§§
私たちのいるこの神社には幻想卿を包む大結界とは別の結界が張ってある。
普段ここには幻想卿全ての妖怪が集まり、宴をしたりするので判らない奴も多いが、何気に平和なのはこの結果があるからといってもいい。
それはつまり、敵意のあるものはこの内部に入ることができないからだ。
「まいりましたね…。こんなにも強い瘴気がでているにもかかわらず、今まで放置していただなんて」
博霊の巫女は何をしていたのですかと問いたいらしい。
私に言われても困る。悪さをしようとする妖怪を懲らしめるのは確かに私の本分だが、今まで隠していたものを此処で開放されたとあればそれはどうしようもない。
半目で睨んでくる妖夢に苦笑を浮かべて、そのままお茶を汲みに台所までテクテク歩いていく。
「あ、別に瘴気くらいならここにいれば安全だから」
「あぁ、まったくもってここは安全だぜ」
「それはそうですわ。でないと着替えるのにまたお屋敷のほうへ戻らないといけませんもの」
……まぁいまさら突っ込むのもなんなので何も言わないが。
「それよりそろそろ――――」
「ぶべっ!」
あっ、おそかったか。
顔に泥んこ球をもろに受けた咲夜が昭和のギャグよろしく、畳に伏していた。
「たっ、助けてください!」
と同時に来る来訪者と、
「キャッキャッ」
遊び相手だと思ったのだろう童子が泥んこ球をもって追いかけてきた。
来訪者は男の子か女の子か見分けがつきにくい、というのもなりふり構わず走ってきているものだから表情がやや汲み取りにくいからだ。
童子は三丁目に住んでいる座敷わら氏の息子たちだ。人を襲わない座敷さんところの子供にしては珍しくおいたが過ぎてる気がしなくもないが、やはり子供ゆえだからだろうか。
……あれ? なんだろう、今何か結構重要なことを言ったような…。
「おー…幻想卿は今日も平和だねぇ」
「ホントねぇ、子供が外で遊ぶほどのどかですものねぇ」
「若々しくていいことですね…」
「助けてください! よっ、妖怪に殺される!」
声からして女の子だろうそいつは、ひどく怯えながら私たちの背中に回りこんでくる。
「ちょ、ちょっと…!」
「おぉ? 相変わらず幻想卿は騒がしいねぇ」
「ホントねぇ、巫女が困っている人を助けるほど物騒ですものねぇ」
「騒々しくてよくないですね…」
「ちゃっかり復活してるけど咲夜、あんた顔についた泥はどうしたの?」
完璧に真正面から泥んこ球を受けたはずだから、かなり凄惨なことになっていると思ったのだが、案外そうではないらしい。
表情を見る限り普段と変わりないし、服の汚れとかも特にない。さして言うならば何故かあちらこちらにナイフが飛んでいることだろうか。
「えぇ、ホント物騒ですわ。人がゆっくりとしているときに急に泥を被せられたりして、急に目の前が真っ暗になったりするんですから。あっ、別に水羊羹の復讐とかそういうわけじゃないですよ? ちょっとおいたの過ぎる子供に現代の教育というのをちょっと教えて差し上げたまでですので、フフフフフフフ…………」
見れば確かにわら氏の子供たちが頭から泥をかぶって泣いていたが…。
いかん、少し哀れに感じてきた。変なところで咲夜は子供っぽいのかもしれない。
「ほらほら、あんたたちも数に物言わせて一人を苛めないの。遊ぶならみんなで楽しく遊びなさい、いいわね?」
「グスン…霊夢お姉ちゃんが苛めるぅぅ!」
「はっ? 何で私が!」
「霊夢お姉ちゃんのないちちっ!」
「……はんっ」
あ、なんかキレた。
「やべっ、妖夢! 霊夢を今すぐ抑えるんだ、早くっ!」
「は、はいっ! 咲夜さんも手伝ってくださいよっ!」
「放っておけっ! やつは今広い宇宙の中で彷徨っているんだ」
「フフフ、水星が見えるわ。……おーい、誰か出してくださいよ」
「いかーんっ、あの人精神が持っていかれそうですよ!」
「心配するな、じき帰ってくる」
ふと目線を下にそらせた魔理沙が、
「多分」
「多分じゃ困りますよっ!」
「あははははははははははははははははコロスコロスコロスコロス」
「しまったっ! もう霊夢の周りに乱れに乱れきった陰陽玉が放出してきているぞ!」
「というかあの人目が完璧イッてますよ、神社自体が崩壊しませんか? いやする!」
「とにかく今は霊夢を抑えるんだ。行くぞ妖夢、覚悟はできたか」
「覚悟はできてます。何の覚悟かは知りませんが…」
はははははは魔理沙がくるよーむがくるタくさんくるないちちいいやとにかクわたしはゆるさないないちちアレヲわたしはコわすノだからトメナいでざんねんないちちウルサいからダマってよまッタク―――
「「いけぇぇぇ!」」
そんなことが起こっている中。
瘴気は誰にも気付かれることなく、波のように消えていった。