学校から帰る道に小さな神社がある。町の誰からも忘れられて、廃墟のように雑草が生えてしまっている神社。まぁ薄気味悪いと一言で片付けてしまえばそれで終わりなのだが。
 月に一度のペースで私はこの神社に賽銭を抛るようにしている。なぜか。
 別にたいした理由なんて無い。ただなんとなくこの神社の風景が好きで、ただなんとなくこの神社がこの町にあって、私の目の付くところにあったから。もっといえば気分だ。それを一ヶ月もやっていることだけあってこの数ヶ月間災難にあうことはなかった。それが普通と楓に言われるが、別に気にすることも無い。用は気分なのだから。
 いつものように社前で自転車のスタンドを立てて、邪魔にならないように確認してから賽銭箱の前にやってくる。財布の中に確か五円玉はあっただろうか、ちょっと自信ないが、十円玉に隠れて見つかったので少しだけほっとする。
 カランとそっけない音。ホントにこの神社には賽銭という言葉は縁遠いらしい。見た感じがこれでは賽銭に来るほうが珍しいという気がしなくもないが、それでもよくこれで生計が成り立つなと思う。
「成り立たないわよ、これでも日々のバイトで生きているんだから」
 思考を読まないでと突っ込もうとして、声の上がったほうへと首だけ振り返る。そこにいたのは冬近しというのに肩の見える巫女装束、フリフリとしたスカートの下を除くと塙のサンダルに白い脚が見えていた。
 ということはこの人はこの神社の関係者だろうか。にしてもその格好は正直見ているこっちが寒く思えてくる。
「……思考を読まないでください」
「おそっ! とかいうツッコミは専門外だから言わないわよ」
 もう言ってるじゃないか。という言葉は言わないようにする。
 にしても、よく人の考えていることがわかったものだ。勘だろうか?
「随分と勘がいいんですね」
「まぁね、昔っから勘と掃除だけは自信があるわ」
 自慢なんだろうか。正直自慢じゃないんだが……、と思っていると相手が少し半目になったので話題をそらす。
「先ほどバイトと言われていましたが、どういったバイトをされているんですか?」
「ん? そうね…………そう、ちょっとね」
「ちょっと、ですか。随分と考え込まれましたが」
「そこはあれよ。気にしない」
「どういったバイトと聞いて、ちょっと気にしないバイトと返してきた人は初めてです。誰ですかあなたは」
「むしろやっと誰と聞いてくれたとわたしは思っているんだけど、スルーかな?」
「スルーです。気にしないでください。そして答えてください寒そうな巫女さん」
「失礼ねっ! わたしはまださむい事いうほど落ちぶれてないわ!」
 ……あー、わかった。いやわかっていたというほうが正しいかもしれない。
 この人は、天然だ。
「訂正します。先程のは失言でした」
「うんうん、物分りがよくてお姉さんは嬉しいぞ。後でお茶でも入れてあげよう」
「さっさと答えやがってください薄着の天然巫女野郎」
「ひ、ひどいっ! お姉さんアリスちゃんをこんな風に育てた覚えはないのに!」
「うるせーこの野郎次何か言ったらその薄ら寒そうな肌着を剥いでそこら辺の道路に捨て……」
 って、はて。今この人は私になんていった? アリスちゃん?
 何故この人は私の名前を知っているんだ?
「私、名前教えましたっけ?」
「うふふ、だから言ったでしょ? わたしは勘がいいって。忘れてもらっちゃ困るわね」
 箒を片手にえらく腫れ上がった胸を強調して、巫女が偉そうに言った。
 ………………、挑戦状だろうか。
「ふふふふふ、自慢じゃないけど負ける自信はたっぷりよ」
「大丈夫アリスちゃん……?」
「大丈夫です、それより答えてください。何故名前を知っているんですか?」
 あぁそうだったという風に、赤い髪の巫女がこちらを見つめなおしてきた。
「まずは私の名前から言おうかしら、わたしの名前はほブルグブァァァ!!」
 突然顔が横にぶれたと思ったら、境内のほうからスレンダーな脚がいい角度で前中段蹴りを放っていた。妙に技が洗練されているのは慣れているからだろうか。地面と顔を擦らせながら滑っていく巫女さんは何故か悲しそうに呻きと痙攣を起こしていたが、多分大丈夫だろうと放置しておく。
「掃除をサボってるんじゃない」
 もしかしたらこの人のほうがサボっているんじゃないだろうか。手には箒すら見えないし、片手に持っているのはどう見ても湯呑だ。お茶でも飲んでいたのだろうか。
「ん、あなたは……?」
「は、はじめまして」
 自然と声が強張ってしまうのは、先程の蹴りの影響だと確信する。そりゃ誰だってあの蹴りを見たら怖がるだろう。
 緊張と恐れでかちこちになっている私をどう思ってか、その人は何をするともなく頭からつま先までじろじろと見ている。
 北風が吹いて、南に流れていった。
「人形」
「えっ?」
 目が鞄についている人形に向いた。
「好きなの? 人形」
 あぁ、そういうことか。答えようとして、いい年した女が人形持っているのが恥ずかしくて鞄を背中に隠してしまった。
「えぇ、まぁ」
「……ふぅん」
 苦手な部類だこういうのは。
 なんというか、掴み所がないというか話していて特徴が見えてこないような話方をこの人はする。
 そう、言葉のキャッチボールがしにくい。自分もだが。
「あの、あなたはこの神社の人ですか?」
「いいえ、神社でアルバイトをしているのよ。神主は仕事」
「神主さんの仕事ってなんですか?」
「神主に何か用なの?」
「いえ……そういうわけでは」
「なら知る必要はないわ」
 自分で言うのもなんだが、ここまで私は会話が成り立たないような人だっただろうか。
 楓ならいつものように無理矢理なテンションでごまかしに入るんだろうけど、私はそういうの苦手だ。あーいった「はめを外す」みたいな行為ができないから、少し楓を羨ましく思う。
 紫色の長い髪をおさげにして揺らしているこの巫女と、どう会話していったらいいかと考えていると、不意に向こうから声をかけてくれた。
「ごめんなさいね、喋りにくいでしょ」
「あっ、いえそんな……」
「気にしなくていいのよ、私はいつもこういった喋り方しかできないから。何度か直そうと思ってもね」
 そういって軽くため息を吐いた。
「神主に用があるなら私から言っておくけど、何か?」
「いえ、興味本位でいないんじゃないかと思っていただけですから、特に用事というのはないんです」
「そう、なら……いつも賽銭してくれるお礼に一言アドバイスしてあげるわ」
 まただ。賽銭なんて見ていないとわからないことなのに、この巫女たちはまるで見ているかのような言い方をしてくる。
「毎日見ているんですか?」
「まさか、賽銭をしてくれるのがほとんどあなただけって言えば納得してくれるかしら?」
「なるほど。私の見えないところで掃除でもしていれば、賽銭しにくる私を嫌でも目に付くと」
「そういうこと。っと、アドバイスがまだだったわね」
 両手を胸の辺りにかざすと、ポウッと青緑色の光が小さくできた。何かの発光現象だろうか、その真意までは測り知ることはできない。
 ホタルみたいな光だな、なんて少し場違いなことを思った。
 光が消えてリラックスムードの巫女さんが、振り返りながらお茶を啜って帰っていく。
「その鞄の人形、大切にしなさい」
 その一言を残して。
 この上海人形がどうかしたのだろうか、腕を振れば揺れる普段と変わりないそれに、一体なんの意味が?
 謎だ。名前も言わずに去っていったあの人と同様、アドバイスも非常に謎過ぎる。
 ……今思えばよく湯呑み落ちなかったな。そんな風にも思いながら、私は帰路についた。
「あぅぅ、私の存在っていつも蔑ろにされますよね……」


戻られます?