「サクラ、夕食の準備が整いました。お味のほうお願いします」

 清楚とはまた違う優雅さをもった彼女は私にそう言いながら台所から顔を出してきた。
鮮やかなほどに艶のある髪束はいっそ誰もが見惚れてしまうほどの眩しさがあるといっていいだろう。

「はい、ではすぐに参ります」

 そう言いながら私は居間を通り、台所で煮込んでいる今晩の夕食の味見をする。うん、おいしい。

「よさそうね、あとはあなたの思うような味を考えて御覧なさい。きっと更に美味しくなりますよ」

 彼女、ライダーはホッとしたような、しかし直にメガネを掛けなおして不適に私を見つめる。

「わかりました。しかしサクラ、
 私は、あなたのサーヴァントだ。サーヴァントに対して敬語を使うのはやめて欲しい」

「あら、どうして?
 サーヴァントでも、元は人じゃないですか。それなら人として、目上の方に敬語を扱うのは当然ですよ」

 むぅ、と彼女、ライダーは困ったような、しかし嬉しそうに目を細め微笑んだ。
 ライダーと私がこの家に住み付いて早1年が経つ。あの事件以来、私は姉とあの人が住まうこの場所に
住むようにしている。勿論ただ住まわせてもらっているだけでなく、洗濯自炊その他家事は私が受け持つ
ということを条件にだ。いくらあの人が言ってくれたって、これを譲らないのにも訳がある。それは――

「ふむ…難しいものですね、料理とは」

 ライダーはそういいつつも楽しげに次に必要となる調味料を探している。
 彼女が私と契約して以来、ほとんどといっていいほどこれといった会話もなく、
ただの主と僕の関係を続けていた。しかしこれからは平和になる、つまり彼女がここにいる理由がなくなるのだ。

「少しでも量分を間違えると味のバランスが崩れますからね、でもそれが楽しさなんですけど」

 だから私は彼女に料理を教えようと思った。離れたくないだけじゃない、彼女にも戦いより女の子としての
楽しみを知って欲しいからだ。そう思い、今では私と一緒に日々を楽しんでいる。
 ずり落ちるメガネを直しつつも、決して鍋からは気を許さない。ライダー、上達しましたね…。

「しかし、今更ではありますがホントによかったのですか?」

 えっ、とほんの少しの間、私は硬直してしまった。

「この家に来たことです。
 少なくともあの人はリンとも一緒にいるということなのです。女性として、不安では?」

 むむ、やけに女性という単語を強調してきましたね。でもそういうことには慣れてますよ。なぜなら――

「信頼してますから」

 と、不安になるような空気を一気に吹き飛ばすように私は言った。
 無論嘘ではない、とも言い切れない。私だって他の女性と一緒にいるところを見ていればそれなりに不安になるし
それに、やきもちだって焼く。でも、あの日私は誓ったんだから、それを疑うことなんてしたくない。

「そういうライダーだって女性として、恋したことないんですか?」
「――私はサーヴァントゆえ、恋とは無縁です」

 ややぶっきらぼうに苦笑いしてから物思いにふけるライダー。あぁ、こういった一面も持っていたんだな。

「ですがそうですね、それを言えばサクラは二人を敵に回すことになる」

 やや意味深な笑みを浮かべてライダーは微笑んだ。
 え、二人ってまさか…ライダーそんな。

「冗談です。サクラ、そんな顔しないで欲しい。ですが女性の過去を簡単に聞くものではありませんよ」

 それを聞いて少しずつ顔が紅潮していくのが感覚でわかる。私はライダーの背中に顔を埋め、ライダーは
それを見てコロコロ笑っていた。

「ごめん、ライダー」
「構いません。あの頃と比べれることなどできませんが、それでも私はこうしていることで幸せを感じれるのですから」

 そういって麗かな春の声と暖かな温もりに、暫し私たちは身を任せる。
 こうしていられるのもあとどれくらいなのだろう。一年二年、一週間一ヶ月もしかすれば明日で終わるかもしれない。
そんな焦燥を感じながらもそれは不安にはならない、私たちは今を確実に生きているのだからそれは不安にならない。
だからこうして互いを見つめ合えるのだ。

「サクラ―――」

 哀愁を篭めた声が台所に響く。うん、そうだね。わかったよライダー。

「はやくしないと鍋が吹いてしまいます」
「うん、わかった。お鍋が吹いちゃ…って、えぇぇぇっっ!!」

 よく見ると火で温められている鍋からもう我慢の限界といわんばかりにゴトゴトと音を鳴らしている。
しまった、あれは今日のメインが入ってる鍋じゃないですか!

「あああ、えっととりあえずライダー火を止めてください、それからそれからえーっと…」
「サクラ、落ち着いてください。離してくれないと火を止められません。」

 春の些細な出来事はこれからもこの家で続きそうだ――。


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