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 夏の海辺を目の前に、僕は夜の空を見上げていた。
 それはどこまでも高く遠く、澄んだ空に星が煌いて僕らを見下ろしていた。
 小学生の頃に勉強した星座。こと座やはくちょう座、さそり座の星達は夜に光り続けている。
 そのなかでも一番気に入っているのが夏の大三角、デネブとベガ、アルタイルの三ツ星だ。
 
「まだ、起きてたの?」

 小学校で隣の席だった子、名前を栞といっただろうか。
 僕はその子と星についてよく話していた。
 いて座の矢はさそり座を見張るためのもの、夏には天の川が見れること、天の川に伝わる哀しいお話。

「……うん、ちょっとね」

 大三角の星には織姫星のベガと彦星のアルタイルがある。その二つの星は天の川をはさんで光り、
決して二人に川を渡らせないようにしているのだ。
 幸せだった二人の話、けれどしばらくするうちに別れさせられた二人。
 どちらもかけがえのない存在だったはずなのに、一年に一度しか会う事の許されなかった哀しい二人。
 彦星と織姫ではないが、僕らには別れの時間が迫っていた。

「……空がきれいね」

 うん、と相槌を打つのが精一杯だった。
 膝を抱え込みながら空を見上げ、僕は夏になるといつも考えていた。
 空の二人は、一年に一度しか会えなくて寂しくなかったのだろうか、と。
 どうして空の二人は、一年も会えないでいられることができるんだろう、と。
 一年が過ぎ、そしてまた一年。僕らは小学校から中学、そして高校と一緒に育ってきた。
 今でもその答えが、僕にはわかることができない。

 サク、サクと砂を踏みしめる音が近づいてくる。さざなみの音に掻き消えそうな音ですら、今の僕は
聞き逃したくなかった。

「懐かしいね、こうやって一緒に座りながら、星座を勉強したっけ」

 明るめの口調で、彼女は僕に語りかけてきた。
 隣に座って呼吸を一息吐いて、そよ風を左から浴びて空に指差した。

「ほら、あの星がこと座。ベガの光りが特徴的でしょ?」

 うん、やっぱり相槌を打つことしか僕には出来ない。

「そして、天の川をはさんで見えるのがさそり座。ベガとアンタレスは織姫星と彦星って言われていてね」

 でも、その話には相槌は打てなかった。

「二人は以前生真面目な人だったのに、怖い人にいじめられて最後は七夕にしか会えなくなっちゃうの」
「……そんなことない」

 えっ、と少女が呟くが、開いた口は止まってはくれなかった。

「だって、そんなの哀しすぎるよ。一年に一度しか会えないなんてさ、そんなの絶対嫌に決まってるよ」

 そう、きっとどこかで神様も知らないような方法で、二人は会ってる。どんな方法かわからないけど、
 そうじゃないと僕は嫌だ。
 言って、頬に伝うなにかを感じていた。

「僕は絶対そんな話信じない。一番大切な人と別れるなんて、僕には信じることが出来ない!
 だって、信じたら栞ちゃんと……」

 大切な、世界で一番大切な人と、明日から会うことが出来なくなっちゃうんだから。
 流れ出る雫は止まってはくれない。でも拭うなんてかっこ悪いところを隣にいる栞ちゃんには見せたくない。

「――――、でもカズ君。このお話はこれで終わってるの」
「栞ちゃんっ! 僕は――――、……」

 耐え切れずとなりにいた少女の顔を見る。見ようとして、彼女の顔がもう目の前にあることだけ理解できた。
 僅かに触れただけの唇。少し遠慮がちな、でも確かな温もりを栞ちゃんは僕に渡してくれた。
 波の音。寄せては引いて、引いては寄せて。繰り返し聞える音が、この時を永遠のように思わせるのは身勝手な
願望だろうか。

「しおり……ちゃん」
「――――もう、ちゃん付けは卒業かな」

 目の前にいる少女、栞を僕は見つめる。その目から決して逃げずに栞は受け止め、頬に流れた涙を
拭ってくれようと、頬に手を添えた。
 だから僕は彼女を引き寄せる。この温もりを忘れないように。

「ん――――」
「―――――」

 目を閉じ、もう一度確かな優しさを二人は感じあう。たとえ別れが来ようとも、決して互いを忘れぬように。
顔を離した少女の顔に、一筋の光りが星に映えていた。

「またね、カズ君」

 そういって、栞は僕に最後の笑顔を向けてくれた。
 夏空のした、海の見える砂浜で、織姫と彦星は僕らをどう思っただろう。
 哀れに思っただろうか、愉悦と笑いたてただろうか。それとも、希望と思ってくれただろうか。
 空高くに輝く二つの星が、今確かに力強く光った気がした。

「うん、またね……栞」

 僕らは諦めない。たとえこれからどんな困難が立ち向かってこようとも、僕はそれを乗り越えてやる。
 だって、信じたいから。織姫と彦星が、最後はずっと一緒でいられることを。

 だから僕も最後は笑顔で、その場を後にした。すすり泣く彼女の悲しみを背にして。



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