もしも霊夢に彼氏ができたら。

 

 スッと射しこむ日差しが目に沁みる。
 耐えるわけでもなく、ただ倉庫から持ってきた文庫を射に当てながらバスに揺られること半刻。目的地に到着だ。
「ったく、何で私が出向かなきゃならないのよ……」
 ウサギ模様の時計を覘けばもう待ち合わせ時間を一時間以上も過ぎている。そのことには特に何も考えず、先ず着いたらどうしようかと思考をめぐらせていると、
「―――メール?」
 ブルルル。
 ポケットに入っていた携帯が着信を知らせる。
 液晶の画面には寂しく受信メール一件という表示、開くと更に寂しく「いまどこ?」という文字が並べられていた。
「……あー」
 どう返すべきか。目的地には着いたといえばそれはそれですぐに解決することだが、別にそんなつまらないことを返信するのも癪だ。楽しくないことを楽しくする、そうしてこそなんぼの遊びなのだし、
「八甲田山にいる……っと」
 ポチポチと音を鳴らして送信ボタンを押すと、紙飛行機が虹に乗って飛んで行った。
 さて、これでちょっとは面白い返事が返ってくるだろうか。
「返ってこなかったら、このままのんびり散歩して帰ろうかな」
 そんな風に思える日差しの中、霊夢の乗っているバスはゆっくりと背中から去っていった。

 

 


もしも妖夢に彼氏ができたら。

 

「ご、ごめん待った!?」」
 時刻は正午を回ろうとしたところだろうか。
 近くの喫茶店に、幾許の人たちが避暑を求めるように吸い込まれ、そして吐き出されていく。
 今朝見た天気予報では確か最高気温は三十を超えるといっていただろうか。なるほど頬を伝うこの汗が、どれほど今日が暑いかを物語っている。
 それを知っているのか知らないのか、目の前で膝に手を突きながら息切れをしている男の声。
「三十分ほど遅れましたね。何をしていたんですか?」
 当然、遅刻した人には少し怒ったほうが役得なのだ。
「い、いやちょっと。はぁ……はぁ……ごめん、寝過ごしちゃって」
「まったく、女の子を待たせるなんて男として恥ずかしくないんですか。そういったことは前もって早めに寝ておくのがいいんですっ」
「そ、そんなこと言っても。昨日は仕事が遅くまであったしその後も会社の人と付き合ったりで………」
「はぁ、そうだったんですか?」
「そうっ、いやなんにしても待たせてごめんっ! 暑かったでしょ」
 両手で拝み倒してくる彼氏に、どう応えてやればいいものか。彼氏の事情を知っている分もあり、そこまで怒っているわけではないがそれはそれで少し存した気分になる。
 ……丁度いいから少しからかってやろう。
「そうですね、流石に暑い中立っているのは疲れます。もっと早く着いていれば冷房の効いた喫茶店でお茶でもできたというのに」
「うっ……ごめん。確かにその通りだ」
「それに汗が服に染み込んで気持ち悪いですしね。これはもう今日は私の都合に付き合ってもらわないと割に合わないです」
 えっ、と唖然とした表情で私を見るも、彼氏の目には少し拗ねたような諦めの念も篭っている。
「わっ、わかったよ。今日一日付き合うからさ……」
「なんですか? 良く聞こえなかったんですがー」
「〜〜〜〜〜〜っっ!!」
 あぁ、この胸に来るすっきりとした高揚感。人を弄るというのはこうも清々しくも楽しいものだったのか。
「今日一日妖夢を楽しませるから、喫茶店も買い物も付き合うし好きななんだってがんばるから! だから機嫌直してよ……」
「はい。では行きましょう」
 少しの間をおいて顔を上げる彼氏の顔が、少し赤みを帯びていた。それが一生懸命走ってきたからなのか、言葉に対してなのかはわからない。
 けど、そうまで言われて「いやです」なんていえるほど、私も鬼じゃない。物事タイミングが重要なのだ。
 彼氏の手を取って先陣を切る。エスコートされるなんて私には似合わない、こちらから攻めないと。
「ちょ、妖夢まって。待ってって」
「待ちません。時間は有限なんですから今この時を楽しみましょう」
 笑ってしまった。嬉しくなってしまった。だから駆け出してしまった。
 背中で足がついてきてない彼氏に振り向いて、これでもかというほどの笑顔を向けてやった。

 


もしもヤマザナドゥに彼氏ができたら。

 

 喫茶店の角、日当たりがそれほどでもなく冷房が効きすぎない場所。
良い席が取れたと思う。人を待つには寒すぎず、だが外のように灼熱地獄の下で待つこともなく。
 注文を聞きにきたウェイトレスにアイスティーを頼んで、鞄から小さな本を取り出す。今一番流行っている「東方新喜劇・Hの謎」である。
 心地の良いソファーの上で本を読む。誰の声も入らずただ雰囲気に合わせた柔らかいメロディーが室内を包み込み、一人の世界に入り込む。これほど素晴らしい退屈しのぎはないのでは、そう思ってもいいほどだ。
 外を見る。遅刻癖のついた人だが、根は優しい人だ。どこまでも他人を気遣い時には頼りにもなってくれる。私の仕事上辛いことが多いが、それでも彼氏といると心に刺さった棘が抜かれる思いでいた。
 そう、私が困ってしまうほどに。
 挟んでいた銀杏の栞を優しく取り、字の流れに目を任す。見れば丁度Hの背中にあるブースターの射出能力についての計算方法とその特性が書かれている。
 まるでロボットだ、あの小さな身体にここまで性能豊かな装備をつけるとは、なんてでたらめなのだろう。
 クスリと笑みがこぼれる。このお話をあの人にしたとき、なんともいえない表情をしていた。
 それが可愛いのだが。
「―――ん、来ましたか」
 窓越しに見えるあの人の背中。少し悪びれたところはあるが、ちょっと格好つけたがりな面がそうさせているのだろう。無理に背伸びをして、強そうに見せるのも子供っぽいというかなんというか。
 鞄に入っていた赤色の機械が小さく震えている。取ると予想通り、目の前で挙動不審な男の声だった。
「えっと、……どこ?」
「そうですね、遅刻した分そこに立ってもらうというのも手なのですが」
 あぁ、声に出すだけで目の前の人が肩を落とす。
「勘弁してよ……」
「いえいえ、別に私も好きでやっているわけではありません。ですが物事は得られる幸福とそれに対する罪というものがあります。遅れた分の罪は遅れただけの償いで代価を払うべきだと思いませんか?」
「そうだけど、このまま立たせるってお互いつまらなくない?」
「そうでもありません、こうして見ているだけというのもなかなか良いものですよ」
「あー、えっと」
「ですが確かにあなたの言うことも尤もです」
 それならば、
「目の前にある喫茶店でお茶を一杯奢っていただくので償いは良しとしましょう」
「奢りか。給料日前でお金が少ないんだよなー」
 何を情けないことを。と思わずしも、拒否権などない。もともとその覚悟で着ていたのだろう、窓越しに笑みを浮かべてこちらの反応をうかがっている。
「ともあれ、それで罪が償えるのであれば、安いと考えるべきかな?」
「えぇその通りです。私以外の人ならそうはいかないでしょう」
 いつもの説教癖がでそうになるが、ここはグッと堪える。私だって女の子だ、彼のまでは良い女性でありたい。
「では中に入ってきてください。いい加減一人では退屈していたところですよ」
 彼が後ろを振り返り、私が手を振る。
 なんでもない仕草なのに、お互い妙に気恥ずかしい気持ちになった。


戻ります?